作者からのメッセージ 事務局 佐藤誠三郎
         
 生年月日  1939年(昭和14年)619
 出    地 : 群馬県伊勢崎市
 現     : 埼玉県川越市
 写    暦 : 一眼レフカメラで花を撮り始めてから約30
 主な被写体 : 四季折々の花々や風景写真

佐藤誠三郎
近況報告

3月もめまいは少し改善しましたが、まだ時々めまいが起こり、まだ完治していないようです。
でも、何とか散歩花写真など楽しんでいます。
このめまいはいつまで続くのかちょっと心配をしている。

3月01日散歩花写真・椿、梅、鷺撮影。
3月04日散歩花写真・椿、ミモザアカシア等の撮影。

3月09日散歩花写真・河津桜、ミモザアカシア等の撮影。

3月10日東京・江東区木場公園・河津桜の撮影。

3月13日散歩花写真・河津桜、椿、アセビ等の撮影。
3月14日散歩花写真・ミツマタ、ネモヒラ、菜の花等の撮影。

3月17日散歩花写真・ミツマタ、ラッパ水仙、河津桜等の撮影。
3月21日散歩花写真・ハクモクレン、桜花月、椿等の撮影。


3月22日森林公園・カタクリ、早咲チューリップ、ミツマタ等の撮影。
3月23日川越市で長野県青木村義民太鼓の撮影。


3月25日坂戸市北浅羽桜堤公園・安行寒桜の撮影
3月26日喜多院、中院枝垂れ、寒緋桜、10月桜等の撮影。

3月27日散歩花写真・ハナモモ、ユキヤナギ等の撮影。

 
-つれづれなるままに-

59歳の時の膵臓がんでの入院時のメモ?
59歳の入院時にどんなことを考えていたのか、自分自身を振り返り知りたいのと、自分がどんな人間なのか知ってもらえるいい機会になると考え続きを書いてみます。

女性への興味は人波にあった。
結婚を約束した女性もいたが、
女性の兄の反対があった。
給料が安いということが理由のようであった。
彼女も共働きは嫌だと…、
色々あってダメになった。
負け惜しみのようであるが
今、
考えるとダメでよかったのかもしれないと
思うことにした。
その後、女性からモーションをかけられることも
あったが、女性が近づけば近づくほど、
興味が薄れ逃げ出した。

妻とは30歳になった時、義弟の紹介による
お見合い結婚である。
妻子については、よき夫であり
親であることを願い、努力し演じた。

50歳半ばで関連会社へ出向を命じられた。
多くの幹部が首になっていく時期であり、
とうとう自分の番が来たかと落ち込んだ。
でも、関連会社とはいえ、重役になれるとは
思ってもいなかった。
でも、喜んではいられない気持ちであった。

若い時は中途採用であり、
学歴も十分とは言えないため、
出世には興味がないような
顔をしていたが、
同僚が出世すると妬み
失敗すれば
同情より先に
喜びを感じたりする悪い面が出てしまう。
自分の心の奥底に住みついている
悪魔が顔を出すのだろうか、
もっとも恥ずべき行為であり
自分の一番嫌いな面であるのだが…
早い時期に治さなければいけない。

今日はここまで。
ありがとうございました。

 

2025.04.01
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